残間通信[釣り・自然・旅・人]

世界65カ国を駆け回ったフォトジャーナリスト残間正之の「釣り」「70年代の貧乏旅行」「辺境地の暮らし」「アンデスの遺跡」など、気ままなフォトエッセー。

シャッターを押す満足度

メシェッド

むかし、仕事以外ではこんな写真ばっかり撮っていた。今でも数万枚が誰の目に触れる事無く、押し入れで寝ている。
当時のボクは、コマーシャル写真家としてスタジオでモデルや商品ばかり撮っていた。駆け出しモデルの表情が気に入らず、ポスター1枚のためにハッセルブラッド500CMのバッテリーが加熱するほどシャッターを押す事も有れば、オンザロックの氷の形とグラスの表面の水滴が気に入らず、高価なシングルモルトを5本も無駄にした事もある。
それなりに収入はあった。助手もいて、四谷に事務所もあって、車も英国車で、行きつけの飲み屋も麻布や青山だった。でも、まるで満たされていなかった。だから、時間が許す限り、ニコンFとコダクロームをザックに放り込んで旅にでた。で、結果的に、今は自転車が日常の足になり、麻布なんぞはとんとご無沙汰。だが、かなり満足している。

日没後のマシャッド(イラン)は凍えていた。コーランの大音響で目覚めたボクは、いつものようにナーンを齧りつつドロッとしたトルココーヒーを啜った。そして、あてもなく路地裏をうろつき、水たまりに残った氷を蹴って遊ぶ子供たちに向かってシャッターを切った……
なぜだか、その日1枚目の写真だった事を今でも鮮明に覚えている。
  1. 2006/08/25(金) 09:12:10|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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屋根の上が特等席!?

カラーム/トラック

毎月、今の時期は某雑誌に連載中の「世界脂ビレ探訪」の写真をどれにしようかと、膨大なフィルムをかき回している。前もって今回はこれ、次回はこれ……って感じに整理しておけば簡単なことなのだが、それができない。
古い写真をビュアで覗いてると、オオこんなこともあった、アアあんなこともあった……などと、けっこう楽しいし、新しいアイデアも生まれたりする。
この写真はカシミール地方を旅したときのワンショット。荷台が座席に改造された乗り合いトラックなのだが、いつも屋根の上が人気である。
なぜなら、ニワトリは当たり前として、羊やヤギの赤ちゃんを抱えて乗り込んでくる乗客が多く、また、あまりお風呂に入る習慣がないので、せまい空間に閉じ込められると、その匂いはかなり強烈。
親切な彼らは、いつも安全な荷台を勧めてくれた。だが、ボクもいつしか屋根の常連になった。あの崖っぷちを暴走するときのスリル……たまらんな〜
  1. 2006/08/02(水) 10:50:42|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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なにを思ってる?

アフガン路地

1977年の冬。ヘラート(アフガニスタン)は妙にピリピリしていた。道行く人は、冷たい風に追われるかのように先を急ぎ、商店の扉は重く閉ざされていた。
翌年4月。ハフィズラ・アミンによってダウード大統領とその家族が虐殺され、そしてソ連軍進攻へと歴史が動いていった……。思えば、路上に座り込んでチャイを啜っていた男たち、彼らはあのときナニを語り、ナニを見ていたのだろうか……。
……早朝からメディアは北朝鮮のミサイル発射問題一色。北朝鮮指導者と軍部が何を考えているのか理解に苦しむが、きっと、それなりに理由も理屈もあるのだと思う。ま、いずれにせよ権力の亡者どもに興味は無い。それよりも、ボクが気になるのは北朝鮮で普通に暮らしている人たちが、今、この瞬間にナニを考え、ナニを感じ、ナニを見ているか……だ。
別に後押しする訳じゃないけれど、権力に立ち向かう方法はいくつもある……はずだ。
  1. 2006/07/06(木) 14:54:56|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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ガンガはこの人たちを救ったか?!

バラナシのガート

聖なるガンガ(ガンジス河)で沐浴する人々。ボクが最初に訪れた1970年当時,インドはまだ混沌と貧困のさなかにあった。大都市の一部を除いて,トイレや水道,ガス,電気などのインフラはまるで立ち後れ,通りは物乞いで溢れていた。
その国がいまや世界に冠たるIT大国である。でも、はたして本当なのだろうか? あの当時,靴磨きをしたり,力車のペダルをこいだり、その日を生き抜くことがやっとで、学校にも通えなかった子供たちが大人になり、今、エンジニアやプログラマーとしてIT文化を支えるているというのか……?
ボクはそう思えない。社会的弱者は情け容赦なく切り捨てられ,単に見えないところに押しやられているだけではないのか、貧富の差は広がるばかりなのではないのか、と。
  1. 2006/06/16(金) 09:53:56|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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たまには70年代の旅も…

アフガンの街角

自分が「この写真使いたい」と思っていても、デザイナーや編集者に使ってもらえないことが間々ある。
このブログは「釣り」を通して「ボクの写真や旅」「辺境地の暮らしや文化」に興味を持ってもらいたい,そう思ったのが始まり。
なのに、検索キーワードは釣りに関する単語ばかり。
誰一人として「ペルーの遺跡」だの「アフガニスタンの暮らし」だの「ルート66」といったキーワードでこのブログにたどり着いた人はいない。

……そんな訳で,ついつい「釣り」関連の記事が多くなってしまうのだが、これではいけないと時たま思う。

アフガニスタンの古都ヘラート。
1970年代当時,ボクが泊まっていた木賃宿は一泊80円で暖房用の薪が90円だった。
当然ながら薪なんて買えるはずもなく、氷点下20度以下にもなる部屋で我慢大会のような日々を過ごした。
考えてみれば,あの当時,道行く子供たちの多くは素足にサンダルだった……。
  1. 2006/06/15(木) 19:43:10|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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食べられるだけでも幸せ

バラコット

旅をしていると、様々な食べ物に遭遇する。カエルやワニは当たり前。ときにはコウモリやモルモット,木の中に巣食う幼虫をすすめられたりもする。基本的に口に入るものは何でも拒まず,それがボクの主義だが,ときには,家に招かれたときに出迎えてくれたニワトリや犬が帰りになって見当たらないことがある。遠くから来てくれたゲストの為に,と、食卓にのぼってしまったのである。食べる為に飼っていたのだから……そう言われればそれまでである。だが、気持ちはちょっ複雑。
それにしても、この写真のカレー風味揚げ餃子もどき……。中身は羊肉だったけれど、うまかったな〜
(パキスタン/バラコット)
  1. 2006/05/16(火) 15:44:08|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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ヒマラヤ杉と遊牧民

ヒマラヤ杉と遊牧民

パキスタン北部山岳地帯。遊牧民たちは家財道具をロバの背に積み込み,数百頭の羊や牛とともにカラコルム山脈の裾野を移動する。
自然は優しくも有り,過酷でもある。
河原に設営した黒テントから煙がたなびき,そのわきで古老が羊の番をしつつ遠くを見つめ,そして子供たちが素足でかけまわる・・・・。なんとなくのどかなようでもあり,それでいて物悲しく切ない・・・。
近年,遊牧民の暮らしも大きく変わった。本来,遊牧民との交易で栄えたはずのバザールが,ひとつの街として機能し始め,遊牧民を迷惑な存在として扱っている。人間って、今を生きる為なら過去なんてどうでもいいのかもね。
  1. 2006/04/17(月) 10:37:40|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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コーラン

コーラン

「ラーイ ラハ モハマドール アーリ ルラ……」
夜明けとともにモスクのスピーカーから大音響で響き渡るコーランの一節である。
「お前の宗教はなんだ?」と聞かれることが多い。そんな時には言葉に窮する。なにせ無信教。困った時に神様仏様…なんて思わないでもないが、しょせんその程度である。だが、キリスト教徒であれイスラム教徒であれ,無神論者なんで信じられないらしく,神様を信じていない等と言うと質問の嵐。そこで、面倒なので「ブッダハであるよ…」などと答えつつ、座禅を組んで「いろはにほへとちりぬるおわか……」などと分けの分からない呪文をと慣れる。仏教はなかなか理解しがたいらしく、だいたい宗教論争はそこでおしまいになる。
(パキスタン スワート) 
  1. 2006/04/12(水) 10:36:05|
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寝ぐら探しも日課だった

寝ぐら探しも日課だった

いつも夕方になると空腹を抱えつつ,今日の寝ぐらはどうしようか……と考えたものだ。とくにヨーロッパの田舎の駅で途中下車したりすると,ホテルの看板すら無く,途方に暮れることがたまたま。ま、当時は同じ様な貧乏旅行者が多く,駅の港内だろうが,公園のベンチだろうが、寝袋を広げてもさほど冷たい視線は感じなかった。ま、インドで,どう考えてもその日の糧に困っている様な露天のオバさんにバナナを恵んでもらった時には,さすがに我が身なりを再点検したものだ。
(イタリア)
  1. 2006/03/27(月) 10:31:23|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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アンダマン島ポートブレアの市場

アンダマン島ポートブレアの市場

このところ段ボールに詰められた大量の古い写真が届く。デジタル化の波に乗り遅れたフォトライブラリーが次々と閉鎖されているからだ。
考えてみれば,四半世紀前の写真なんて,時代遅れでまるで価値がない。撮った自分ですら,まるで記憶に無い写真もある。結局,どう考えてもゴミでしかないのだが、どうにも捨てられない。
そんなわけで、古い写真のデジタル化を断行。半年がかりで懐かし写真のフォトライブラリーを立ち上げたのだが,これまた誰にも興味を持ってもらえずトホホ状態。
海外では,「もったいない」なんて言葉がもてはやされているようだが,ボクの写真を「もったいない」と言ってくれる人が現れるのは何時になることやら・・・。
(アンダマン諸島 ポーブレア)
  1. 2006/03/23(木) 10:29:37|
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出逢いと別れ

出逢いと別れ

旅をしていると、出逢いも別れもある。
別れの辛さや悲しさは、出逢ってから別れるまでのときの過ごし方に比例する。
  1. 2006/03/20(月) 10:28:20|
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一個のパンを買うにも悩んだ

一個のパンを買うにも悩んだ

29年前の1月7日。
風は冷たく,財布の中身も寂しかった。
オヤジさんが売っていたドーナツ形のパン、腹一杯食べたいと思ったものだ。
(トルコ イスタンブール)
  1. 2006/03/17(金) 10:27:06|
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力車・オート三輪・馬車

力車・オート三輪・馬車

リキシャ、オート三輪、馬車・・・。
それが当時の重要な交通機関だった。
乗る前に散々料金交渉したにも関らず、支払いのときに「子供が病気で・・・」だとか「親方があこぎで稼ぎが少ないと首に・・・」などと必ずチップをせびる。ま、それを分かっていて料金交渉するのも旅の楽しみ。
(インド・アムリッツァール)
  1. 2006/03/15(水) 10:25:42|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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ラクダのキャラバン

ラクダのキャラバン

砂漠の船ラクダ。
とっても寡黙でタフだけれど、
その「ゲップ」だけは我慢できないほど臭い。
ま、風呂に入る習慣の無い人間の方も負けず劣らずだけどね。
(アフガニスタン)
  1. 2006/03/13(月) 10:24:16|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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ガンガ(ガンジス川)

ガンガ(ガンジス川)

ガンガの中州に堆積した砂を、
ただひたすらオンボロ船で運ぶ。
これも定め・・・
  1. 2006/03/12(日) 10:22:56|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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ヒゲが肝心

ヒゲが肝心

中央アジア,特にアフガニスタンやパキスタンではヒゲが男の証。
男たちは暇があると路上に座り込んでヒゲのていれ。
おかげでボクもヒゲをはやすことにしたのだが、
10年たってもカビと間違えられる始末。トホホ
  1. 2006/03/10(金) 10:21:36|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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ボスボラス海峡

ボスボラス海峡

東洋と西洋の分岐ボスボラス海峡。
獲れたてのアジを脂でジュワ〜と揚げ、パンに挟んでガブッ!
イスラム圏なのでビールは御法度だけど、たまらんな〜
  1. 2006/03/03(金) 10:18:28|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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パキスタン山岳遊牧民の子供

パキスタン山岳遊牧民の子供

ロバの背に揺られ、ただただ移動の日々・・・。
生活や自然がどんなに過酷でも、ときには喜びや悲しみがある。
頑張れ、なんて言わない。
夢と希望を失わなければどうにかなる・・・とは言いたい。
  1. 2006/03/02(木) 10:15:34|
  2. 1970年代の貧乏旅行
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いつもの一日

いつもの一日

急ぎの用事があるわけじゃなし。
焦ったってどうにもなるわけじゃなし・・・
(アフガニスタン)
  1. 2006/02/26(日) 18:51:42|
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どうなってることやら

どうなってることやら

昨年、パキスタン北西部地震で壊滅したバラコット。
橋を渡るこの少年。
今はゆうに30を越えていると思う。
いつの日か、再会できることを願う。
バラコット(パキスタン)
  1. 2006/02/23(木) 18:48:53|
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イスタンブール

イスタンブール

イスタンブールは坂が多い。
路地裏は車が通れないほどに狭い。
かくして、力自慢の荷運び人の登場である。
  1. 2006/02/22(水) 18:48:28|
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アッサラーム

アッサラーム

アフガニスタンから武器の密造で有名なカイバル峠を越えると、そこはペシャワール。
一時期、アフガンゲリラの拠点があり、多くのジャーナリストたちがカメラ片手に奔走していた。
(パキスタン・ペシャワールの街角で)
  1. 2006/02/20(月) 18:44:51|
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鳩の豆売り

鳩の豆売り

人影もまばら。凍えるほどに寒い。
それでもただひたすら、一皿の鳩のエサを商う。
(トルコ、イスタンブールの街角で)
  1. 2006/02/19(日) 18:40:52|
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路上の写真屋さん

路上の写真屋さん

むかし、観光地でよくみかけた路上の写真屋さん。
いまや携帯電話で撮れる時代。
考えてみれば、「ボッ!」 っと、煙の出るフラッシュって、迫力あったな〜
  1. 2006/02/17(金) 18:39:30|
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ガードのヨギ

ガードのヨギ

ガートに座して夜明けを待つ行者。
空気は重く、ガンガの表面をなでる風は冷たかった。
  1. 2006/02/16(木) 18:37:59|
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プロフィール

残間正之

Author:残間正之
北海道生まれの典型的AB型。
辺境地の旅とフライフィッシング、そして雑種犬モボ君を愛するチョイ悪オヤジ。
NHK「世界つり紀行」に出演したほか,アウトドア関連雑誌の連載やFM横浜「ザバ〜ン」の釣り情報などを担当。
主な著書に「だからロッドを抱えて旅に出る」「フライフィッシング・ハイ!」などがある。
*タイトルの「残間通信」をクリックするとトップページに飛べます。

追伸
ホームページAnglers Garlly「世界釣り紀行」(リンクから飛べます)もよろしく!

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