
ナチュラルハイ!って感覚,体験したことがあるだろうか?
ボクは何度もある。最初はヒマラヤをトレッキングしていた時のこと。荷物を担いで標高5千メートルほどの急な崖を登っているときだった。俺って,なんで必死に岩にしがみついてるんだろ? いったいなんで登ってんだろ? 手を離せば楽になれるのに……なんて思いながら,いつしか意識が遠のき,なのに無意識の内に登りきっていた、なんてことがあった。
パプアニューギニアやアマゾン奥地の先住民と踊ったときもそうだった。別にマリファナをやってたわけじゃない。ただ単調なタイコのリズムに合わせて単純なステップを踏んでいただけだ。1時間,2時間,3時間と……。
考えてみれば、最近はナチュラルハイから遠離っている。これって、刺激の無い日々を過ごしてるってことかも。いかん……。
- 2006/06/03(土) 12:13:52|
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「お父さん似で凛々しい眉毛と口元で……」なんて褒めたら,実は女の子だった,なんて経験はないだろうか。ボクは何度かある。
パキスタン北部山岳地帯で出逢ったこの子供,いまだ男の子だったのか,女の子だったのか決めかねている。声のトーンは男の子だったのだが,仕草は女の子のように思えた。考えてみれば,男であるか女であるかなんて、それなりに成長するまで関係ない,そんな気がする。
●ジャワ島地震の募金先
◇日本ユニセフ協会(0120・881052)郵便振替で口座名義は「日本ユニセフ協会」、口座番号は00110・5・79500
◇国際医療NGO「AMDA」(086・284・7730)郵便振替で口座名義は「AMDA」、口座番号は01250・2・40709
*いずれも通信欄に「ジャワ島地震」と明記。
- 2006/05/30(火) 14:21:39|
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辺境地を旅していると,こんなに新鮮な食材なのに,なんでこんな風にしか料理できないの……なんて思う。パプアニューギニアのとある地域もそうだった。目の前でサワラやハタなどの高級魚が簡単に釣れる。なのに、料理と言えばバナナの皮に包んで焚き火に放り込むか,煮立った鍋に放り込むだけ。
別に調味料が無い訳じゃない。ココヤシミルクで煮込んでもいいだろうし,バナバの皮に包む前に塩をふりかけてもいいと思う。ただ単に面倒というか、美味しく食べようという工夫が無いように思う。実際,ボクが料理した煮付けやカレースパイス味の唐揚げは大評判。まるでピラニアに襲われたかのように、きれいさっぱり食い尽くされたのだ。
ま、それはともかく、この写真の人たちはマッドクラブ(泥ガニ)漁師だ。世界各地でカニを食べあさったが、ここで食べた湯で立てのマッドクラブは天下一品! 上海ガニもストーンクラブもソフトシェルクラブも目じゃない。なにせ、単純に茹でるだけ,というのは現地人たちの得意分野だしね。
(パプアニューギニア/ポポンデッタ周辺)
- 2006/05/29(月) 12:54:54|
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アマゾンは淡水魚の宝庫。その種類は優に2千種を越え,その数たるや天文学的。
そのむかしゴムやジュートの栽培で栄えたマナウス。乾期と雨期では15メートル以上も上下する桟橋にレガトン船(交易船)が着岸すると,どこからともなく小舟が集まってくる。船底には網から外されたばかりの魚が無造作に転がり、これまた、どこからともなく集まったオバさんやおっさんの買い物袋に収まっていく。ここでは面倒な冷蔵装置も,難しい流通システムも関係ない。なんだってシンプルそのもの。
ま、今の日本じゃ,手から口,そのシンプルさって、かなり贅沢なことかもね。
- 2006/05/24(水) 15:31:22|
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パキスタン北部山岳地帯に生きる遊牧民たち。彼らは毎年夏になると新たな草を求め、羊たちと共に標高5000メートルのバブサーパスを越える。
彼らと出会うたびに,なんで森林限界をも越えた過酷な大地に暮らすのか、もっと肥沃な大地があるじゃないか、どうせ先祖代々の守るべき土地があるじゃなし……そう思ったりもする。だがしかし、彼らの羊の番に付き合って,甘ったるいチャイを飲み,大地に横たわって天空に目を馳せると,いつのまにか「そっか〜 こんな暮らしもいいじゃない」そう思えてくる。とはいえ、たとえ1万頭の羊を飼っている大部族長から「娘婿に……」と誘われても,きっと丁重にお断りするとは思うけどね。
- 2006/05/21(日) 10:02:32|
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単調なリズムに単調なステップ……。それが何時間も,いや、朝まで続くとある種の覚醒作用と言うか,ナチュラルハイの状態になる。
パプアニューギニアのシンシン,それがまさしくそうだ。誘われるまま一緒にステップを踏んでいると,いつしか意識は遠のき,空間を彷徨うような感覚にとらわれてしまうのだ。少なくとも,ハッシッシよりは健康的というか、後味がいいというか……。
(パプアニューギニア=シンシン)
- 2006/05/06(土) 19:32:10|
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ゴルジー君は寡黙だった。
ガンコな親父さんに叱られても、いつだって黙って聞いていた。
よく、一緒に世界地図を広げて話しをしたものだ・・・。
(アフガニスタン・バーミヤン)
- 2006/02/21(火) 18:45:39|
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